女の子たちが紡いだ日記・テキストサイトの記憶
それは2002年~2004年ごろのごく短い期間に、インターネット上にのみ見られた、ひとつの『傾向』でしかなかった。それでも、わたしのなかでは、いまも燦然とかがやいてそこにある。パソコン通信の時代から個人サイト隆盛にかけての、インターネットの古い歴史について語られるときも、それはほぼ登場しない。「10代~20代前半の女の子たちの、おしゃれなテキスト・日記サイト」というジャンルについての話をしたい。
2002年、わたしは不登校の中学生だった。家にひきこもって延々とパソコンに向かっていた記憶しかない。ネットにつないで見るのはおもに同人・オタク系の二次創作サイトと、おなじく不登校やメンタル系の悩みを持つ少女たちのコミュニティやサイト。当時どの程度の数があったのかは定かではないけど、若い女の子たちがやっているサイトがあって、いつしかよく見に行くようになった。
2002年というと、ネット上ではテキストサイト最盛期。ただそれははっきり言って男性主体のムーブメントだったとおもう。だから現代において、その当時のことについて書かれることがあっても、そこに女性の姿はほとんど見えない。だけどもちろん、存在しなかったわけではなかった。そこにはたしかに女性もいて、彼女たちもまたじぶんらのことばを持っていた。
わたしが見ていたのは同世代の女の子たちのサイトがほとんどなので、年上のひとがどうだったかについては、まったくといっていいほどわからない。なので、ここで書くのは、当時10代だった少女たちのサイトについてのみである。
彼女らがやっていたのは、日記やテキスト(文章)をメインにしたサイトだ。そのころ多く見られた同人系の一次・二次創作サイトとは、毛色が明確に違っていた。現代の感覚からすると信じがたいかもしれないが、彼女たちは「オタク」ではなかった。ゼロ年代前半というと、日本人のおそらく半分以上が自宅にパソコンを持っておらず、ネット環境がなかった時代なので、そのなかでパソコンに向かいちまちまHTMLを打っていた彼女らも、またある意味ではオタクと呼んでさしつかえなかったかもしれない。けれど、アニメや漫画を好む「オタク」とは、あきらかに異なっていた。あのころアニメは一般的なものではなく、彼女らはそういうものを一切見てなかった。おしゃれや恋に興味を持つ「ふつうの女の子」だった。
プロフィールには好きな音楽が羅列してあって、当時のメインストリームだったミスチルや浜崎あゆみよりかは、スピッツや椎名林檎やcoccoと言った、ちょっとアーティスティックな名前をよく見かけた。
メインコンテンツは日記。サブコンテンツのひとつ、ではない。当時日記はどのサイトにも大抵それらしいものがあったが、少女たちのサイトはなによりも日記そのものをいちばんに強調して構成されていた。そこに書かれるのは、おもに学校のことだった。登校できている子は、友人や恋人とのできごとや悩みごとを(ときに性的なことまで)赤裸々に語った。登校できていない子は、日々のつらさや鬱積したおもいを書き連ねつつ、それでも前向きに励む様子をつづった。
「テキスト」という名称のコンテンツもあって、そこにはテーマごとにじぶんのおもいを中~長文で語るページがあった。「友達ってなんだろう」「どうして勉強しなきゃいけないんだろう」「好きなひとについて」みたいな、ちょっと青臭いテーマではあったけれど、つたなくともちゃんと彼女たちなりにかんがえた内容が、きちんとしたためられてあった。
サイトデザインは、すっきりシンプルなものが多かったとおもう。文章をメインにしているので、読みにくくならないよう、文字サイズはほかの同人系サイトでよく見られた小文字系の10pxや8ptより大きく、12pxや10ptくらいが主だった。(それでも現代の感覚からすれば小さいが。)シンプルでありながらも、おしゃれな写真やイラスト素材を効果的にデザインに取り込んでいたので、見やすいだけでなく、サイト全体が見ていてここちよかった。
比較的年長の方のサイトには、観た映画メモみたいなコンテンツがあることもあり、そこではメジャーなタイトルもあがったが、それよりはミニシアター系のマイナーなものが多く登場し、ちょっとマニアックな感性に、わたしのこころはおおきく惹きつけられた。
またLOMO LC-Aというトイカメラ(フィルムカメラ)で撮った、いまで言うところの「エモい」写真がたくさん載っているページもあったりした。ケータイにカメラがついて間もない時代である。(写真は店で現像したものを、おそらくスキャナーで取り込んでいた。)かわいいミュールやパンプスを履いた足もとを写した写真。ふつうの街並みが、なんてことない花が、ガードレールが、トイカメラのピントが合っていないぼやけた質感で、うつくしく切り取られていた。
そんなふうに、彼女らのサイトにあったのは、はつらつとした、ときにヒリつくほどにするどい若葉のような感覚と、清浄なたましいそのものだった。ぴんとはりつめた水面に落ちるしずくの音が、さやかに聞こえた。
とはいえ、特別なことは、なんにもなかった。ゲーム系の大手総合攻略サイトとか、それこそゼロ年代前半にいきおいに乗っていた男性のテキストサイトのような、衆目を集める派手さやにぎやかさはない。
ただ、淡く平らかで素朴な日常が、そこにあった。その白さがひたすら、うつくしかった。
わたしがいまやっているこのサイトは、その当時に見た女の子たちのサイトの、再演みたいなものである。もちろんあのころの彼女らのようなセンスや感性みたいなものはなくって、なんとなくその様子をばく然となぞるのみだけれど。それでも、彼女らのありかたは、わたしにとって、もっとも尊い理想のひとつとなった。わたしは、あの時代の一瞬に見たあの景色を、彼女らのことを、いまもわすれられていないし、これからも追いつづけてしまうんだろう。時代に逆流しても。
2000年代も後半になるとブログが爆発的に流行ったのもあって、個人テキスト・日記サイトというのは、ほぼ完全に廃れることになった。その後のSNSの台頭などは、あえて書く必要もないだろう。2000年代前半のほんの数年間、ネットの片隅にあった、若い女性たちによる清らかな空間は、もはやあとかたもなく消えて、ほんとうに語り部すらいない状況である。インターネット上の情報は、まったく永久的でないことは、現状からしてあきらかで、この20~30年個人サイトにあった豊かな情報の数々は、たぶんもう数%も残っていない。わたしがこのサイトを閉じたら、この記憶もまた塵になって消しとんでしまうのだろう。
わたしはいったいいつまでここに居つづけられるだろう。わからない。だけどどうしてもこころに残るものがあって、それをどこかに残したくって、ここに(だいぶ美化してしまったかもしれないが)そのおもいでをつづって、ひそかに置いておく。