「どうして助けてもらえなかったんだろう」という問い

※じぶんですっきりしたいだけの殴り書きです。文章として整っていませんが、苦しい胸のうちをそのまま書きたいので、あえて整えずに公開しています。トラウマがあるなど精神的に不安定な方は、読むか読まないかは各自ご判断いただき、具合が悪くなったらすぐにページを閉じるなどの対応をお願いします。

「どうして助けてもらえなかったんだろう」という問いをときどきじぶんに投げかけてしまう。
「どうして」と訊きながら、わたしはどこかで『理解』している。「じぶんが悪かったからだ」。
わたしは助からなかった。だれからも救いの手を差しのべてもらえなかった。
幼いわたしはわたしなりに助けを求めようとしたけど、その気もちは気もちだけで、もしかしたら声になっていなかったかもしれない。
あるいは、わたしは助けを拒んだのかもしれない。だとしてもそれは本心ではなかった。ほんとうは、救われたいと願っていたとおもう。
だけど幼いわたしの気もちを、だれも汲んでくれようとはしなかった。わたしは無視された。
ひどく傷つけられていても、だれも守ってくれることもなかった。

父親は毎日夕方になるときっちり定時に帰ってくるひとだった。そうして世間(会社)で『家族サービスをするいい父親』を気取っていたのだろう。
でも家に帰ってきた父がすることといえば、早くからどんとテレビのまえに陣取って、酒をのみ、子どもたちが立てる些細な音や、無邪気な声を嫌ってたびたび怒鳴り声をあげた。
わたしが小学校中学年くらいまで、暴力のようなものも受けていた。
酒に酔った父が、無理やりわたしを抱き上げると、プロレスの技でもかけるように、力ずくで床に縫い止められる。抵抗しようにも、できない。息もできない。苦しいし痛くて、ただ泣くことしかできない。そんなわたしたち(ひとつ下の妹もおなじ被害を受けていた)を見て、父はにやにや笑っているのだ。
おとなになってから、このことを母に言うと、母はそんなことは覚えていないという。じっさい、母が助けてくれることはなかった。大したことではない、ただのじゃれあいだとおもっていたのだろう。そんなわけなかった。圧倒的な力の差があるなかで、遊びにもならない。
だけどこれもひとつの『被害』だと言えるようになるには、ものすごく時間がかかったし、いまもまだわたしのなかでためらいがある。
「そんな程度のことで」とおもうじぶんも、こころのどこかにはいるのだ。
わたしは昔から生理前になると、不調が強く出るタイプだった。全身が重くなるし、メンタルも下降する。それはまあどんな女性にも多かれ少なかれある不調のひとつではあるだろう。
けれど、ここ数年でふと気づいたことがある。
生理前になると、『あのとき』の被害が、なかばフラッシュバックのようによみがえってくることが多いということ。
とはいえ、こう書いたところで、きっと伝わらないし、わかってはもらえないだろうという、諦念めいたおもいはある。
けれどあえて書いてみる。
父親から受けた暴力被害、それはわたしにとって、ひとつの『性被害』だった。
じぶんでも無意識のうちに、『そこ』に紐づいてしまっている。だから、性にかんする不調や、身体の変化をかんじると、あのときの記憶がひっぱりだされてしまう。
そのことをおもいだすと、わたしは無力感にうちひしがれ、もうほとんど生きる気力をなくしてしまう。仕方ないから、ただ涙を流しながらその波をやりすごすよりほかない。ときに、じぶんを傷つけてしまう。
もう一度おもっていることを正直に書くと、こんなことを書いたところで、どうせだれもわかってはくれないだろう。「そんなハズはない」「ただのおもいすごしだ」と鼻で笑われるのがせいぜいだとおもう。
でも、わたしのなかで『なかったこと』にはしたくない。だから泣きながらこれを書く。

わたしは小学校の高学年のころには希死念慮を持ち、「屋上から飛び降りたらどうなるだろう」「トラックが轢いてくれないかなあ」などとかんがえるようになった。
愛されていないという感覚が強く、愛されるためには完ぺきな『いい子』にならなければならない。そうでなければ許されない。というおもいこみに悩まされ、12歳で極度のダイエットをして整理が止まった。勉強や苦手だった運動を過度にがんばったけれど、勉強も運動もできないのに許されて、愛されている同級生を目の当たりにして、頭をガツンと石で殴られたような衝撃を受けた。なにをしても愛されないわたしとは、根本的にちがう。わたしは絶望して学校に行けなくなった。
でも、だれもわたしの話をまともに聴こうとはしなかった。教師はもちろん、親でさえも。
そのうちわたしは指先をカッターで切るようになって、次第に自傷はエスカレートした。過食嘔吐やチューイングも覚えた。
いったい誰がわたしを助けることができただろう。
わたしだけだった。
だからわたしはわたしを助けようとした。ひきこもったのだって、死を夢想したのだって、そのためだ。

そうして暗い夜を、わたしはひとりで乗り越えて生きてきた。
何十年も、そうしてきた。
そのうち父は死んだ。勝手に死んでしまった。
だのにわたしは救われない。
まだなんにも救われていない。変わってない。

わたしがこれまでしてきたことはといえば、じぶんの受けた生傷が、じぶんの目からは見えないように、ただ蓋をしただけだったのだろう。
その下で傷はよくなるどころか膿んで、腐ってしまった。
それでもわたしは満足していた。傷が見えなくなったから。
父が死んでふと、そういえばあれはどうなっていたかしらと、蓋を開けてみて、そこがひどいありさまで、それはもうどろどろに黒く腐敗してウジも湧いていたような悲惨な光景で、わたしはいま、グラグラとひどいめまいがしている。
でも、それも全部、わたしが悪かったのだ。
見て見ぬふりしてきたのは、わたしだ。
救われないのも、じぶんのせい。

わたしは、なんだかもう、ただひたすら、なるべく早く死にたい。

... 2026.03.02