朝がさいきんずっとしんどくって、まえからそうではあったのだけど、おくすりが変わってからかな。とくになんにもできなくなった。(もとにもどすべきだろうか……といって変えるまえはバリバリ動けていたかといえばそうでもないので、もしかしたらおくすりのせいではないのかもしれない。)
いまは暖房は使っていなくて、ホットカーペットのみなので、暖をもとめるのもあって、床につっぷして時間がすぎるのを待つ。
まるで床に縛りつけられはりつけになったような気もち。
そうして午前ちゅうはほぼまるまるなんにもできないで、ただ無為にすごす。
その間、あたまはすこし動くので、人生の意味などをかんがえる。意味、というか、価値、というか。
人生をむだにしているなとおもうし、これなら死んでしまってもおなじじゃないか、というおもいが湧いたりする。
直接的な「死にたい」とはちがうけど、死んでしまったあとのことを夢想したりする。
『夢想』ということばを使ったのは、わたしが死後のことをどこかロマンチックにかんがえているからだ。
霊になって、だれからも見えなくなったわたしは、ようやくはじめて真の自由を手にする。いろんな意味でうつくしくない肉体から解放されて。
そうしてわたしは世界じゅうを旅する。ヨーロッパ、アフリカ、南米。危険な地域にだって行ける。もう事件も事故も災害もなんにも怖くない。だって幽霊だもん。
そうして世界遺産などをゆうゆうと(タダで!)見たのちには、どこかの家に入り込んで、人間模様などを観察する。
冷えきっているのにどうしても別れられない夫婦とか。子どもがすくすくと成長してゆく過程。ひとの恋愛のゆくえとか。そんなものをすこし下衆な観点からながめたりして、たのしむ。
それから世界の秘密に触れたりもしたいな。極秘裏にうごく政治や外交。へんな組織がからみあって、国際情勢や国家の運営に影響するようす。そんなのを他人事として、まるで映画を観るようにして、はらはらしたりもしたい。
そうして百年くらい適当にすごして満足したら、あとは成仏したっていい。
なんて。そんな都合のいい理想を持っているのです。
けれど死後の世界があるかどうかなんて、もちろんだれにもわからない。なんにもないかもしれないし。
そうかんがえると、死んでしまうよりは、生きているほうがまだおもしろいのかな、っておもう。
地縛霊になっちゃうかもしれないしね。どこにも行けないのは、いや。生きてるあいだと、なんにも変わらないもんね。
リネン|日記ログ : 2026/03
きのうきょうとちゃんとB型に行けた。朝はつらくて、2日ともいつもよりすこし出発が遅れたけど、時間には間に合った。そしてちゃんと15時までいられた。
滞在はやっぱり2時間が限度だ。1時間すぎたころには疲れてクラクラしはじめて、15時になるともうヘトヘト。
過緊張のせいもあるとして、それをゆるめる方法は、まだ見つかっていない。
外で緊張しないで過ごすなんて……いまはちょっとかんがえられない。想像もできない。
前回「本を読む」と書いたけど、じっさい読んでみると、やっぱりすこしつらい。
本を読むという作業には、なにか複数の段階があるような気がする。無意識の領域に。
たとえば……ひとの、じぶん以外の人間の話に、耳をかたむける、そのこころの準備。
胸がひらかれていないと、他者のことばを受けとることはできない。
そもそもその他者がじぶんとはちがう存在なのだという認識も必要かもしれない。
わたしは、ここがだめなのだとおもう。
そのひとが、じぶんとは異なることばで話し出すと、もうなんだかじっとしていられない。
「分かりたくない」のかもしれない。
異質なものを、受け入れる準備ができていない。
言語がちがうことに、なんだか、断絶のような冷たいものをおぼえ、背筋がぞっとする。
ああこのひとはわたしとはちがう世界の、わたしとはちがう環境で育ち、生きているひとなんだ。
文章を読むというのは、そのことをはっきりとかんじとることとおなじかもしれない。
読書家のひとはきっと、そういうちがいを、たのしめるひとなんだろう。
でもわたしは、じぶんとちがうというその事実に、がくぜんとする。かなしい、とおもう。
さみしい、かもしれない。
その感情は、突き詰めると母親と同化したままでいる幻想から目覚めたくない、ということじゃないか、とおもっている。
本来、人間はそれが血をわけた母親であっても、子と親は異物同士で……という理くつは、頭ではもちろんわかる。
でも、その異物であるという現実が、きっとわたしはいまだに、かなしい。
わたしは母の延長でありたいし、ほかのひととも、境界をへだてたりなんかしたくない。どろどろにまじわっていたいのだ。他人とじぶんとの境なく。
だって、さびしいから。
そういう幻想にひたっていたい。
でも、ことばは、そこを断絶させる。
線を引く。
あなたとわたしはちがう、と断言される。
本を読む、というのはつまり、そういうことだ。
だから、そのことに胸が痛むのではないか。本を読むのがしんどい理由のひとつは、そういうことな気がする。
だけどいま、まだ本を閉じてはいなくて、すこしずつだけど読んでいる。
逃げてもいいけど、でもやっぱり、「本を読む」という行為に興味がある。そこになにがあるのか、それともなんにもないのか。見てみないとわからない。
本を読むことでかんじる痛みは、にぶいもので、かんじないふりはできなくても、がまんすることはできる。
それよりも強い関心、好奇心がある。
わたしは、本が読みたい。
(あるいはそのうち痛みにも慣れて、あるいは痛みなんてかんじなくて済むようになるかもしれない。それはきっと、人間としては正解の変化なんだとおもう。強くなる、ということ。よくもわるくも。)
このところはサイトの調整にいそしんでいた。
わたしはいまPCを持っていなくて、タブレットしか手元にない。そのせいなのか、わたしが情弱なせいか、サイトをローカルですべて確認するすべがない。
なので、たとえばレスポンシブの確認は、ちくいちサーバーにアップして、スマホやべつのタブレットで見たりしている。ちょっとめんどくさい。
でもそのめんどくささが、じつは嫌いではないのかもしれない。
そうしてあっち見てこっち見て、またソース直して、ってやっていると、あっという間に時間が過ぎる。つらい時間と向き合って、耐えなくていい。
中学生のときのわたしがホームページづくりに熱中するようになったのも、多くそのためであったとおもう。
日々のつらさをやり過ごすため。見て見ぬふりして、なんとかきょうという1日を生き延びるため。
そのころからわたしは、たぶんなんにも変わらず、変われずにいるんだろうな。
いまはここに繋げていないけど、Xのアカウントをひとつ持っている。
でももうやめようかな、やめたいな、とおもった。
傷つくことのほうが多いからだ。
ぐさり、と来ることはまれだけど、すり傷がたくさんつく。
Xはひまな時間をつぶす……たとえば駅で電車を待ったり、電車に乗っているときに、ながめるのにちょうどいい。
Xをやめたら、その時間をどうしよう、手持ちぶさたになるかも。という心配はある。
その時間は、本を読もうとおもった。
わたしは無駄に傷つきやすくて(もちろんそれがいいことだとおもったりしない)、小説を読むだけでも、傷つくことがけっこうある。
だから本も、ちょっと苦手だった。いつしか遠ざけてしまっていた。
でも、どうせ傷つくんだったら、顔のない誰かが不用意に乱雑に投げ捨てたことばより、名前を持つひとが、ていねいに丹精に、いっしょうけんめいつむいだことばで、傷つきたいとおもった。
それから今週は、ひさしぶりに映画も観た。
映画を観るなんてどのくらいぶりだろう。1年以上観てなかったかもしれない。
どうしても2時間耐えられなくって、いつもちょうど30分で限界になってしまっていた。
でもひさびさに観たら、2時間ちゃんと耐えられた。(なんでだろう?)
いまふとおもったのだけど、わたしは、そういえば映画に確固たる『意味』を求めすぎていたかもしれない。
じぶんのなかに、なにか(特によい影響)がもたらされることを期待して、その期待に120分という時間はきちんと応えてくれるだろうか。そういう不安?(というか疑念、か)があった。
そうした疑いを持ちながら観るので、30分で集中が途切れてしまっていたのかもしれない。
2時間耐えた結果なにも与えられないのなら、時間を差し出すのはもったいない、とかんじてしまっていた。
たった30分で、これがわたしにとって有意義かどうか、判断しようとしていた。
でも、映画ってそういうものじゃないよな。なんとなく。
もっとラフに鑑賞していいものじゃないのか。
そもそも2時間という時間は、そんなにわたしにとって、価値のあるものだろうか。そんなことはない。2時間Xやネットを見て、だらだら過ごすことだってあるのだから。
だったらもっとおおらかな気もちで、どうぞと差し出したっていい。ひまがつぶれればそれでいい。それに加えて、ちょっとたのしかったり、ドキドキできたらそれでいい。意味なんていらない。
わたしは、時間を簒奪されることをおそれていた。もうなにものも奪われたくなかったのだろう。
先週の金曜ときのうは、いちおうB型に行くことはできたけど、長くはいられなかった。
きょうはちゃんと13時から15時までいられた。
朝から真冬の寒さで、雨も降ってたけど、時間どおりにおうちを出られてえらかった。事業所を出るころには雨はすっかりあがって、澄みわたる青空がひろがっていた。
妹の誕生日なので、アフタヌーンティーで入浴剤などを買った。
だれかにあげることをかんがえるのは、きっといいことだとおもう。じぶんのためだけの買い物より、メンタルにいい作用をもたらしたりするんじゃないかな。
でもわたしにとっては、正直、ちょっぴり重荷でもある。よろこんでくれるかな、っていうのが、ドキドキをこえて不安めいてきてしまう。ちょっと怖い気もち。
それでもやっぱり、目に見えるかたちにしたい。
生まれてきてくれてありがとう、と。
わたしのだいじな戦友に、つたえたい。
自立支援の更新時期が近づいている。
毎年この時期は、そわそわする。お役所の手続きって、なんか緊張する。ふだん以上に「ちゃんとしなきゃ」っておもうからかな。いつまでも慣れない。
きょうはB型のあとメンクリに行って、先日先生に頼んであった診断書を受け取ってきた。
役所からもらってあった書類に必要事項を書いて、診断書といっしょに封筒に入れた。今週ちゅうには投函したい。
さいしょに自立支援の申請をしたのは、2018年ごろだったとおもう。ちゃんと通院しだしたのが、このころだった。
そのときは、こんなに何年もおなじ状態でいるとはおもわなかったな。
B型も、3~4年で卒業して、次のステップ(A型とか)に行きたいなあと、もくろんでいた。いま4年目だけど、まだまだ卒業できそうにない。
診断書のなかをちらりと見た。要約すると「うつは軽快しつつあるが、まだ不安定なので加療を要する」みたいなことが書いてあった、とおもう。
でもじぶん自身が、これをどこかで信じられていない。
どこかでまだ「じぶんは甘えてるだけなんじゃないか」っておもってる。そういうじぶんがいる。
毎朝起きるたびしんどくて、とにかくしんどくて、「消えたい、存在したくない、生きたくない」という気もちが金やすりみたいに精神をすり減らしていく。どんよりした真っ暗なおもいで、くらくらめまいがする。
でも、それでもやっぱり、わたしはけっきょく甘えてるだけで、こんな気もちはただのおもいこみで、立とうとすれば立てるんじゃないか。ほんとうは走れるくせに、だるいから走らないだけなんじゃないか。そうおもうから、また余計にじぶんがすり減る。
こう書いてみると、なんかばかみたいだなあ。じぶんでじぶんを責めて、追い詰めて、余計に具合わるくしてるみたい。笑
これは思考のくせだな。悪いくせ。
きのうもB型はおやすみ。予約していたメンクリには行けた。
先週までは調子がよかったけど、ここ数日でだめになってしまった。認知の歪みとかかんがえだしたら、しんどくなってしまった。
というようなことを簡単に話したら、先生がめずらしく長話をはじめた。
内容はあんまりよくはわからなかったけど、とにかく認知の歪みというのはだれにでもあって、ただ理想的な基準がもうけられていて、それはあくまで理想であって、困ったとき迷ったときにこうできたらいいよね、という指針があるだけなんだ。でも完ぺきにそれを目指すのは、ちがうよね。みたいな話だった、とおもう。
それはそうなのかな、とおもった。
それはそれとして、わたしはいまじぶんが抱えるトラウマ的な(?)ものにかんして、直面して悩んでいて、けれどそのことについては話せなかった。
精神科の医師、というのは、うつ病や統合失調症なんかの病気や障害の専門家ではあるけど、こころの傷の専門家ではない。というのはわりと一般的な話だとおもう。
そういうもの(トラウマ)を嫌う先生も多いらしいし、うちの先生もあまり過去のことを掘り下げたがらない。寝た子を起こすな。やぶをつついて蛇が出たらめんどうだ。というようなかんがえがあるのかもしれない。わからないけど。
だからけっきょく、わたしがいままさにつらいところの根幹は、話すことができなかった。
わたしはカウンセリングも受けていない(わたしが通うメンクリは小規模で、ドクターひとりしかいない)ので、このへんはじぶんでできる範囲でどうにかするしかなさそうだ。不安ではあるが。
まず手始めにKindle Unlimitedで宮地尚子先生の『トラウマ』という本を読んでみた。じぶんに関連がありそうなところだけ、斜め読みではあるけれど、学術的なむずかしめの本なのに、おもったよりちゃんと読めてうれしかった。(うつがひどくなってから、本が読めなくなっているので。)
じぶんの引きこもりや抑うつ傾向はトラウマからくるものもありそうだ、とおもった。
でも、くわしいことはやっぱり、よくわからなかった。というか、けっきょくトラウマってどうしたらいいのか、という直球で単純明快な答えはまだ、学問の分野でも出ていないようだ。10年以上まえの本ではあるので、その点はかんがみる必要があるにしても。
ううん。頭のいいひとたちがこうやって専門的に取り組んでなおもわからないのなら、素人で学もないわたしには到底わかりっこない。
どうしたらいいんだろう……。
でも、かんがえればかんがえるほど、むしろはっきりしてくるものはある。
たぶん、わたしが生きているうちに、コレという有効な対策や、たちまちトラウマからくる問題行動がなくなって、わるい(?)記憶がなくなるなり薄まって、すっきりまるっと元通りになれる、みたいな薬は、出てこないだろうということ。
であればこそ、わたしが目指すべきは、ほとんどひとつではないか。
なるべく、楽になれる道を目指すこと。
楽に生きられるように、もうすこしだけ安心して暮らせるようになること。
すべての傷が消えることはない。永遠に、わたしが死ぬまで傷は残って、きっといつまでもじくじく疼痛に悩まされるだろう。それは、しかたない。
それでも、いつかその傷をじぶんでそっと撫でて、じぶんを傷ごと労ってやれるようになること。
そうやって、ゆっくりでいい、じぶんのペースでいいから、生き残ること。生き延びること。死んでしまわないこと。
なにかを取り戻そうと、がむしゃらになって歯を食いしばって生きて、早死にしてしまったりしないこと。結果的にじぶんを殺す選択肢をとらないこと。
取り戻すべきは、「もし傷がなかったら得られたはずのもの」ではない。ただ、「やさしさ」ひとつでいい。
じぶんにも他人にも、やさしくできるこころの、ゆとり。
それだけが目指すべき目的地である。
いまはまだ痛くて、無用にびくびく怯えたり、ともすると他人に攻撃的になりかねないじぶんもいる。じぶん自身にもやさしくなれず、じぶんいじめをしがちだ。
だけどそこにピタッと合っているチャンネルを、すこしずつゆるめていって、ギチギチにこりかたまった思考も、すこしずつやわらげられたらいい。
わたしが死ぬのは、いつになるだろうか。
あした事故死するかもしれないけど、でもわからない。20年後、30年後、50年後かもしれない。
じぶんでじぶんを殺してしまわなければ、まだ未来はつづいてゆく、その余地はまだ十分あるとおもう。
だから、なるべく長く生きよう。
そうして、生きているうちになるべくたくさんのチャンネルをゆるめていけるようにしよう。
たぶんそれはベストな一意解ではない。でも、いまわたしが選ぶことができるなかでは、最良の道だとおもう。
これからも、ときどきすごく落ち込むんだろう。
でも今回みたいに、すこし時間が経てば、落ちついて、またちょっとビヨンと回復できる。
それをくりかえしていけばいい。
それだけなんだ、と、いまはおもう。
きょうはB型をおやすみしてしまった。メンタル不調。
きのうから一気に気温がさがったせいもあるけど、それだけじゃないとおもう。
わたしはきのう「じぶんは大丈夫」と書いたけど、そのあと、ぜんぜん大丈夫じゃなくなった。
簡単にいうと、過緊張状態におちいった。
父親について書いたり、おもいだしたりしたからかもしれない。
昔からそうだった。父が生きていたころから。父親にかんする問題と向き合おうとすると、こうして正常ではいられなくなる。ビクビクして、不安になって、半分冷静なのに半分パニックで、どんどんこころが暴走してしまう。苦しい。苦しい。怖い。かなしい。よくわからなくなってしまう。
そういうじぶんは弱い、ともおもう。
わたしは直接的な暴力を受けたことはほとんどないのに、言動やふるまいによる攻撃だけだったのに、それなのにこんなに動揺して。いつまでもいつまでもそれを引きずって。
わたしは、まさか40にもなろうという時分に至るまで父親の問題で苦しみ続けているとはおもってもみなかった。ばくぜんと、いつか苦しみは消えて、ふつうに暮らせるようになるんだとおもっていた。でもそうじゃなかった。
ずっと問題を棚上げしてきたからだろうか。
でも、向き合うことはむずかしかった。中高生のころから、いくども試みてはきたけれど、問題を捉えてやっつけようとすればするほど、それを見失って、捕まえたとおもったとたんに、それは手のひらからすり抜けてこぼれ落ちてしまう。
そのうち、あきらめて向き合うこと自体避けるようになった。
どうせかんがえたって、むだ。なんにも変わらない。わたしには変えられない。
だから自然と消えてなくなるのを待とう。
それがまちがいだったのだろうか?
ううん。だけど無理に向き合いつづけても、やっぱりけっきょく……苦しくて死んでいたかもしれないから、それはそれでまちがいとは言いきれないし、言いきりたくはない、とはおもう。
でも、最善でもなかった。
わたしは毎日やんわりとつらくって、ちょっと平気な日もあるけど、そんなときでもこころの奥底のほうはじんわりと痛んでいる。
ふつうのひとのように、毎日をたのしみ、安心して暮らせない。
いつか回復したい、っておもってきたけど、でも「回復」ってなんだろう、ともおもう。だって、まともだった時期なんて、ほとんどなかった。どこの状態に戻れば、「回復」と言えるのだろう。
それでもわたしはこころのどこかで、希望を捨てていないし、捨てることができないでいる。
いつかふつうのひとみたく、人生をたのしみ、よろこびを味わったりできるようになるのかな。
でもそういうのも、ある程度はあきらめをつけたほうがいいような気も、さいきんはする。
いちど深く傷つけられた人間は、もう二度と、けっして、もとに戻ることなんて、できない。傷がない状態には、もどれない。
それでも、ギシギシと軋んだ音を立てながら、元通りスムーズには動けなくとも、すこしでも足をまえに踏み出せたら、それでいい。とするべきなのかもしれない。
でもそれってなんて理不尽なんだろう。
わたしはその理不尽を、あきらめ、受け入れることができない。
もう足はちぎれて腕はふっとんで、頭の半分はえぐれているのに、それでも五体満足の健康なひとのように飛んだり跳ねたり走ることを夢見てしまう。
あきらめる、って、ずるいことのようにも、おもう。
あきらめて、社会の福祉にすがって生きていくじぶんを、よしとするの?
けど、それが正しいこととは、おもえない。おもっていない。
いつかはそういうものに頼らなくても生きていけるようになること。それだけが正解のようなおもいがある。
じぶんでも甘えてるようにかんじている。
だから、早く健康に健全になって、「ふつう」になって、たくさんスムーズにしゃきしゃき動けるようにならなければならない。
ひととして、100点満点を目指したい。
だから早くこんなどうしようもない過去のことは、ひっぺがして捨て去って、なかったことにしてしまわないといけないのに。
どうしていつまでもこんなにわたしに絡みついて離れないんだろう。
父親、という直接的な概念ではもはやなくって、それをふくめた、暗澹とした泥のような影のかたちをした、過去全体が、わたしの体にべっとりとまとわりついて、引き剥がそうとしても、どうしても離れてくれない。
こんなことをかんがえていると、ふとおもう。
わたしはそれを殺すために、じぶんを殺すかもしれない。
(でも、これを書きながらまた別のところで、俯瞰する冷静なじぶんもいて、いま書いていることの多くがまちがっていることを、わたしはきちんと理解している。
認知の歪みっていうやつだ、たぶん。
だから、わたしはじぶんを殺すまえに、じぶんをよしよしと撫でてやって、甘いものを食べたり、かわいいものを見て、気を紛らわせることをすすめる。
そうやって目をそらしながら、わたしは生きてきたし、これからもたぶん、そうやって生きてくんだろう。)
(いつか、傷をあきらめて、受け入れることはできるんだろうか。)
(「健常」にはなれない、ってこと。)
さいきんすこしずつ変化をかんじている。
というのも、ほんのすこしだけど、日々の胸のヒリヒリが減ってきている気がするから。
そうしてちょっとずつだけど、じぶんがこれまで抱えていたたくさんの問題の、全貌が見えてきて、ことばにすることができるようになった。
そのことはXのほうでちょこちょこ書き連ねている。
これまでは、わたしはつねに『べつの人間』でいることを強いられてきたし、じぶんでもじぶんに強いてきた。
障害のあるわたしをまるで直視しようとしない親。わたし自身もそのことを認められなくて、目をそらしてきた。
そうして、じぶんをとことん偽って生きていた。
けれどやはり30歳になるまえに限界をむかえ、精神科にきちんと通院をはじめ、WAIS(IQテスト)を受け、じぶんには明確に発達凹凸があることを知った。ひきこもりから脱し、B型事業所にも通い出したことで、次第に障害のあるじぶんを受け入れられるようになった。
また、数年前に生活環境におおきな変化があったことも、ポジティブな要因のひとつだったとおもう。
それは、幼いころからわたしにとってもっとも重大な、安全をおびやかす危険な存在であった父が、ぽっくりと亡くなってしまったことだ。
彼の死はまったく予期せぬことで、しばらくは現実だとおもえなかった。いまもなんだか現実味がなくって……彼の存在自体わたしのなかの幻にしか存在しない、架空のモンスターだったような気さえする。とにかく、そういう悪夢みたいな(毎晩定時に帰ってはくるけど、父親らしいことはせず、ただ家族に当たり散らすだけの、実体性のない、黒く残酷なモヤのような)父だった。
攻撃的で共感性のない父の重たい影がなくなったことで、結果的にわたしには安全がもたらされた。わたしは精神の安定を得られるようになった……とおもう。こう言ってしまうのは、不謹慎な気もして、ちょっとためらわれる部分もある。けれど事実として、彼が死んだことでわたしはやっとじぶんの身の安全を確信し、そうして傷ついたメンタルの回復への過程を取れるようになったのだとおもうから、これを書かないわけにはいかない。
安全な環境のなかに身を置いて、はじめてこころの鎧をはずせるようになった。
それは分厚くて何重にもかさなっていて、一枚おろすのだけでも一苦労。ときに癒着して、わたしの本体となかば一体化してしまっていて、剥がすためには強烈な痛みに耐える必要もあったりする。
いまもきっとそれらはまだ全部はずしきれてはいなくて、でもすこしだけ昔より体が軽くなって、気が楽になった。というところ。
うん、そう……障害をきちんと受け入れ、じぶん自身をありのまま許し、いたわるために、父の存在があってはならなかったのだ。それはもっと直接的で、おおきな『危険』だったから。
今回はべつに父のことをメインに書こうとおもっていたわけではなかったのに、なんだか父にかんして、すこし心情を素直に吐露してみたら、さまざまなおもいが込み上げてきた。
父にまつわる感情をおもいだそうとすると、ひどく泣き叫んで暴れたいような気分になってくる。じっさいには、父の生前には、そんなことできなかったのに。
父にひどいふるまいをされると、胃がねじれるようなくやしさやかなしさ、怒りをかんじるのに、そのことをどう表に出せばよいのかわからなくて、そんなこと許される環境でもなかったので、ただ自室でひとり声をあげずに静かに嗚咽しつつ、腕を切り刻むよりほかなかった。
父にかんするいいおもいでは、2つだけ。和仏辞書を買ってもらえたこと、1度だけ2人でケーキを食べに行ったこと。その2つだけでそれ以外のすべての負の感情もおもいでも、すべて塗りつぶしてしまうべきだ、とわたしはどこかでおもっていたけれど、でも、それは到底不可能なのだ。
とてつもなくかなしくつらい記憶が、父にされたことで傷ついた回数が、あまりにも多すぎる。
父の死から、今年でもう5年くらいになる。
でも死の直後は、あの忌まわしく恐ろしい存在がほんとうに真実消えてなくなったのか、半信半疑だった。どこかでまた彼による被害を受けるんじゃないかと、なんだか怖くて仕方なくって、いまもじつは、すこしビクビクしている。
これはきっとパワハラや暴力、性被害など、あらゆる被害者がかんじつづける恐怖や痛みなんだろう。
被害のすべてを口にするのは、まだ怖い。
なんだか……そのことをことばにしたら、すべてが(被害が)現実のものとなって、わたしに釘の雨みたいに降りかかってきそうな恐怖がある。また、わたしの弱い部分が、彼に攻撃されたもっとも守りたかった、けれど守れなかった部分の傷が、白日のもとにさらされ、とても……危険なんじゃないか、という不安もある。
だからすべてを書き記すことは、できない。すくなくとも、いまはまだ。
それでも、ほんのすこしでも父に対するおもいを書けたことは、前進だろう。
すこしだけだけど、気もちをことばにできたことが、なんだかうれしいし、誇らしい。
5年経って、やっと書けた。
もちろん、まだまだたくさん痛みはある。受け入れなきゃいけない状況、課題も山積みだ。
でも、いろんなことが、わたしの内側と外側で、つねにめまぐるしく変化している。
わたしは、大丈夫だ、とおもう。