きょうはリサイクルショップに行った。
いらないものを買い取ってもらうため。
きのうは、我が魔境であるクローゼットも整理して、いろいろと処分することにした。
バッグを8つ、本(専門書など)を12冊出した。それから、ドラマ(栗塚旭版・新選組血風録)のDVD全巻セットも。(大好きだったけど、もうDVDを見る機器がないから。)
ついでに電池の弱ったiPadも、売ってしまおうとおもった。
特に本が重たくって、徒歩で運ぶのはむずかしいと判断。母に頼んで、車を出してもらうことにした。
日曜は道が混むので、今朝は7時に起きて、9時には出発した。
開店とほぼ同時にショップに入ったが、やはり店内はすでにすこし混んでいて、買取にはしばらく並んだ。
査定には40分くらいかかるというから、母と店内を見てまわって待った。
よさげな和食器があればと母はさがしていたが、ちょうどいいものはなかった。ほかにもいろいろおもしろいものがたくさんあったけど、なにも買わなかった。
約40分後、査定額が出た。バッグはぜんぶで1500円程度にしかならなかった。
本とDVDは2700円になった。
そしてiPadは、26000円。これは意外だった。たしかに使えることは使えるけど、じっさいかなり電池が消耗してるはず。こんなに高くていいのかなあ、と、ちょっぴり不安になった。とはいえ、ちゃんと買い取ってもらったけど。
おもわぬ収入となったので、そのあとのお昼ごはんは、わたしがおごることにした。
母といっしょにパエリアを食べた。カマンベールチーズのアヒージョや、バスクチーズケーキも。
パエリアはえびや貝がごろごろ入っていて、出汁が効いててコクもすごくて、とてもおいしかった。
それから母とショッピングモールを歩いて、ヘアクリップを買ってもらったりした。
すごくたのしかった。
雑多なものが詰まって魔窟だったクローゼットも、ようやく片づいてきて、整頓されつつあるし。
なんだかすっきりして、いまとても気分がいい。

整理をつづけている。(断捨離、ということばは、あんまり使わないほうがいいのかな、とおもった。なんだか特別な意味合いを持ちすぎてしまう気がして。)
あたらしい服を買った分、古くてもう着ない服を出した。
わたしはどちらかというと捨てられないたちで、もう何年も着ていないのに、まだ着れるから、いつか着るかも、とおもって取ってあった服がたくさんあった。
すっかり古めいて毛玉がごろごろできて色褪せて毛羽立ってしまっていても、家のなかにいるなら、着られる。
ひきこもっているあいだは、そうだった。
でも数年まえから、すこしずつ外に出るようになって、さすがに外でもそういうわけにはいかないことに気がついた。
「どんな服を着ていたって、こころは錦」と言いたいところだけど、にべもなく言ってしまえばそれは綺麗事だ。わたしはいつも無意識に、駅で通りすぎる多くのひとたちを、服装でジャッジしている。そうして、なんらかのレッテルを貼っている。このひとは「よい」、このひとは、ちょっと……。それは人間に備わった本能だとおもう。そのこと自体は、よいものでも、わるいものでもない。
服装は、じぶんはどんなふうになりたいか、どんなふうに見られたいか、ということなのだと実感する。
わたしは、すくなくとも人前に出るとき、毛羽立った服を着ていたくない。それはなんだか、じぶんにも相手にも失礼な気がする。いや、これは言い訳かな。
わたしは、わたしをよく見せたい。
人の目が気になっている。という言い方をすると、すこしネガティブに響く。でもそれはひきこもっていれば無縁のことであって、それがひととして正しいか? と言えばそうではないとわたしはおもうから、人の目が気になるじぶんも、まあいいだろう、と許容しておく。
そうして処分する服は、おおきな袋にいっぱいになった。
循環だ。新陳代謝のようだ、とおもう。
あたらしいものを取り入れて、古くなって、いらなくなったものが去ってゆく。
生きるってそういうことだよなあ、なんて、ばくぜんとおもったりする。
外はすっかり春模様だ。

20センチの裁縫定規が見つからない。5センチ幅で、方眼がついているものだ。
クロバー製のものと、100均のもの、2本あったはずなのに、そのどちらも見つからない。おかしい。
たぶんどこかにしまいこんだんだろう。ぜったいに捨てるわけはない。そうおもってあちこち探しまくっているのだが、いっこうに見つからない。
いったいどこにしまいこんだんだ、過去のわたし。
部屋を見渡してみると、わたしの部屋にはつくづく物が多いとおもう。
たしか今年の1月くらいに、断捨離?をする、とかなんとか書いたような気がする。でも物をすこし捨てただけで、その後はつづいていない。
それにわたしはなぜかいつも、捨てたら捨てた分だけ、いやそれ以上に物が増える。
空いたスペースを埋めたくなるんだろうか。
たしかに、ものがすくなくてがらんどうな空間は、落ちつかない。汚部屋とまではいかなくても、こまごまとしたものに囲まれていたい。
そうして物が増えていく。
いや、べつに物が多くたっていいんだろう。ちゃんとじぶんで把握できてさえいれば。
でもわたしはそうではない。じっさいこのように20センチ定規を紛失している。そんなばかでかいお屋敷に住んでいるわけではない。たった1つの部屋の、限られた空間の物すら、じぶんで掌握できていない。
そんなわけで、やはり整理は必要だとおもった。
いらないものは捨て、ふだんは見えないところをちゃんと確認できるようにしよう。
それできのうさいしょに手をつけたのが、本棚の1番下に箱に入れてしまいこんでいたレジン一式だった。
以前ドールのアイを作ったりするのに使ったが、もう何年もほとんど触っていない。
おなじ箱には、べつの裁縫箱に入りきらなかった裁縫道具も、すこしだけ雑然と入れてある。もしかしたら、そのレジン一式を整理したら、箱の下のほうから20センチ定規が出てくるかもしれない。
そうしてレジンを捨てることに決めたのだが、といってそのままポイとすれば終了とはいかない。
レジン液がけっこう残っている。これをそのまま燃えるゴミに出したら、いろいろとまずそうだ。
なのでぜんぶ硬化させてから捨てることにした。
ニトリル手袋をはめて、100均のシリコン型に流し込み、UVライトを当てる。何度も何度も、それを繰り返す。
そうしてようやくぜんぶ硬化させて、捨てた。UVライトもこの際いいやとおもって(もともと小型の安いものだった)、燃えないゴミの袋につっこんだ。
レジン一式が入っていた場所が、すっぽりと空いた。
だが、20センチ定規は出てこなかった。
どうやらまだまだ整理は必要らしい。
しかし、きっとしまいこむとしたらここだろう、とかんがえる場所は、もうすべて探したし、ほんとうにあとはいったいどこを探せばいいのか。ちょっと途方に暮れている。
もっと抜本的な整理整頓が必要なんだろうか。
はぁ。大変そうだ……。

追記:20センチ定規、発見した。
母の寝室から出てきた。
この部屋を母は寝るだけにしか使っていないから、わたしの部屋に入りきらない裁縫道具や布地などがすこし侵食している。そこに混じってあった。
厳密には机の引き出しの3段目に入っていた。わたしは2段目までは以前確認していたけど、たぶん3段目だけ見ていなかったのだとおもう。
自室のほうも今朝すこし整理したのだが……まあ、多少いらないものが処分できたから、いいか。