オリジナル小説「あるひとつの喪失」①

【プロローグ】
 ひとを悼むために生みだされた、白く可憐な花たち。そのなかに埋もれるようにある微笑を、アサギはもういちど見上げた。その顔はやはり空々しいほどおだやかで、だから、つい分からなくなる。──死んだのは、ほんとうに彼なのか? それがまぎれもない事実であることは、いま目のまえにあるこの光景こそが、まざまざと物語っている。見慣れた男の顔が、立体の画像となってこうしておおきくうつしだされ、それに向かって多くの弔問客が祈りをささげているのだから。身を挺してひとびとを救った、ひとりの英雄の早すぎる死をおもい、すすり泣くひとびとの吐息だけが、あたりにむなしくひびいている。この星でさだめられた信仰により、みなが一様に身にまとう白いマント形式の喪服が、広いホールを埋めつくしている。
 目に痛いほどの白。それがいっそうアサギから現実感をうばった。
 直前に並んでいた男性が、献花を終えて列からはずれる。視界がひらけ、不自然に宙に浮いた立体遺影の下、すでに花のうずたかく積まれた台が、あらためて飛び込んでくる。そのあざやかさがアサギの目を切りつけ、胸裡にわずかな動揺が生まれた。しかしそれもつかの間のまたたきで、すぐにまた他人事めいた浮遊感が肺を満たす。
 となりの列の参列者にならい、アサギも台へと一歩ちかづく。手にした切り花を重ねる。かさりとかわいた音が鳴る。刈りとられ死んだ花の立てる音は、こんなにも空疎なのか。
 そのときだった。
「あんたのせいだ!」
 悲鳴にも似た叫びが、おごそかな葬礼のしじまをつんざいた。
 そのことばはまちがいなくじぶんに向けられたものだ、と、アサギは即座に理解できた。それは皮肉なほど抵抗なく、アサギのからだをつらぬいた。
 おどろきはなかった。ゆっくり左手をふりかえると視線のさきでは、背の高い褐色の肌の若い男が、こちらをにらみつけている。
「あんたのせいだ」
 ふたたびおなじセリフを彼は、今度はしずかにつぶやく。マントの長い裾を蹴りあげるようにして、あっという間にアサギにせまり、乱暴に両肩をつかむ。
「あんたがちゃんと補佐していれば、あのひとは死ななかった」
 そう声を荒げてせまる彼の顔に浮かぶのは、悲痛それ一色だった。噛みしめたくちびるは小きざみに震え、紅い眸はあふれ出る涙で、残酷なほどうつくしくにじんでいる。アサギはただ無表情に、その眸で揺れる水面に見とれた。
 周囲のひとびとは、さいしょぽかんとしていたが、そのうちなかから騒ぎに気づき、飛び出してくる者がある。数人の男性が、ちからづくで彼をアサギから引きはがした。なかには事情を知っていて、彼をたしなめる人間もいる。「リスタ、場をわきまえろ」「いい加減にしなさい」と。
 だがそんなことばは、現実のかなしみのまえでは、まったく無意味だと、アサギはいちばんよく知っていた。
 リスタと呼ばれたその若い男は、それでもやはり冷静さを取りもどすことはなく、会場から連れ出される。そのあいだも彼はずっと、まっすぐにアサギをねめつけ、涙を流しつづけていた。
 そのようすをアサギは茫然とした面持ちでながめる。古いフィルム映画を観ているようだ、とおもった。あるいは分厚いフィルターでもへだてているかのように、音も視界も濛々としている。すべては遠くぼやけて、かすんでいる。
「キアロさんを返せよ!」
 とびらの向こうに消えゆくリスタが最後に放った一声を、アサギは一身に受けとめた。

──そうだ。おれのせいだ。

──おれのせいで、キアロは死んだ。


【アサギ 1】
 空がじつは空ではなく、ひとの手による建造物なのだと知ったのは、何歳のときだっただろう。
 校舎を一歩外に出ると、「きゃー」という子どもの高い声が、きんきんと鼓膜をふるわせた。さらに笑い声、はしゃぐ声が、川波のように押しよせる。一瞬白く目がくらんだのち、赤や青や緑、ショッキングピンクなど色とりどりの花々がぱっと視界に咲き乱れる。
 放課後の昇降口付近は、にぎやかさのピークを迎えていた。
「せんせい、さよーなら」
 オレンジ色のひとつの花が、アサギに駆け寄ってそう声をかける。
「はい、さようなら」
 アサギは意識して口もとに笑みを浮かべたが、花はそれに気づいたか気づいていないのか、きょとんとした顔で、しかし満足したように、むこうにいる紫紺の花のほうへ駆けて行った。
 アサギも鮮明な花園の波に乗る。「さようなら」とあいさつを返しながら、校門のほうへとゆっくり歩いてむかう。
 花はじっさい花ではなくて、子らの頭である。
 ひとりひとりちがう多様な色の髪を持って生まれることは、当然だとおもっていた。アサギ自身、ほとんど蛍光に近い黄色の髪だ。もちろん地毛である。
 それがあたりまえではない、と知ったのは、この世には地球というべつの星が存在するのだと知ったのと、ほぼ同時だった。
 天高く頭上は、紫水晶色からにんじん色のグラデーションに染まっている。まばらに白く抜けている部分もある。その雲も、ほんとうは存在していない。この空模様は、むかしのひとが、地球から見えるそれを模してつくった映像なのだという。
 地球からこの星が発見されたのは、いまから約800年まえのことだ。発見されたときは、まだ200歳の若い星だった。
 地球から遠く500億キロほど離れた地点に生まれた『亀裂』。それがべつの宇宙につながっているとわかったとき、それまで定説となっていた多くの物理的法則が乱れた。マルチバース説は、奇妙なかたちで裏づけられることとなった。
 そこから具体的に学術的にどのような過程を経たのかを、アサギは知らない。学校の授業でも、詳細までは習わなかった。
 いずれにせよ、数百年まえにはひとびとは『亀裂』をとおり、もうひとつの宇宙──『第二宇宙』へと進出した。そしてそこにぽつりと浮いていたこの星への移住ははじまった。もとはエネルギー資源を得るためだったそうだが、いずれそれが大して採取できないとわかっても、この星のひとびとは地球へもどることはなかった。地球とのあいだの距離が計1000億キロも離れていては、行き来も容易ではない。それにそのときにはもうすでにこの星のひとびとは『地球のひとびと』ではなくなっていた。生まれた星に愛着を持つようになっていた。大気ちゅうにふくまれる、地球にはない独自の要素が、この星で生活する人間たちの外見にも影響をあたえ、黒髪や茶色い眸ばかりの地球人との差異を明確化し、それさえ一種のアイデンティティになっていたのだった。
 資源のほうはいまもわずかながら産出されており、ごく特殊な研究用装置に使用されるなどしている。そうして地球とは、か細い縁でつながったまま、それぞれは独自に発展し、今日にいたる。
 アサギはもういちど頭上を見あげる。やはりうつくしい夕空がひろがっている。
 さいしょにこの星にやってきたひとびとが、もっとも落胆したのは、この星から見える空が昼夜を問わず、どんよりと濁った滅紫色であることだった。星ひとつなく、ひとから正のエネルギーをうばい、気をくじく、まがまがしさを持つ空──アサギも以前じっさいに見たことがある。
 数百年まえの技術でも、生物ひとつない空漠の大地に一都市を築くのに、さほど時間はかからなかった。開拓者たちはあらたな住処となるこの星におおいなる希望をもっていたが、それでも地球から見える空──青く晴れわたる晴天や、煮立つトマトスープのような夕暮れ、清月の浮かぶ夜空──への執着は、たち切ることができなかったらしい。だからほんものの毒々しい空をさえぎり、にせものの空をつくった。都市全体を覆うドーム状の天蓋。その内側には、数世紀にわたって変わらず人工の映像がうつし出されている。
 ドーム内の都市では一日は24時間、一年は365日に設定されている。これも地球に由来するそうだ。一般人は都市の外へ出ることはまずないので、じっさいドーム外では時間の経過がどうなっているのか、はっきりとしたところは知らない。知らなくても生活に支障はない。
 はしゃぎながら帰路につく子どもたちのなかを、アサギも悠然と歩く。「さようなら」と声をかけられると、ひとりひとりていねいに挨拶を返した。
 2メートルほどの歩道に挟まれてある二本のレーンを、丸みをおびた透明の箱が、一定の速度で往来する。なかにはひとが数人腰をかけているのが見える。自動運転ポット『クラシカ』だ。
 歩道では、手ぶらの子どもたちの一部が、空中に人さし指でドラッグやタップをするようすが見られた。
「歩きながら『コフル』を操作するのは禁止ですよ」
 教師らしい口調でそう注意をすると、子どもたちは「はぁい」と素直にしたがい、指を下におろす──画面を閉じる動作をして、走り去った。
 かつて地球には『国』という単位があった。そしてどこかの国では、小学校教諭という職業はとにかく多忙だったそうだ。ちなみに歴史においては、いちど教職が消えた時代もある。そのころはAIなどがブームで、なにもかもが自動化されていたが、あまりに多くのものを機械やプログラムにまかせ、活動を過度に省略させた結果、ひとびとの腕や指の長さ、あるいは思考力などの平均値が次第に低下する傾向など、退化と判断可能な変容が生じはじめたため、その後ゆるやかに手動での活動を取りもどすこととなった。子どもを指導する役目も、いろいろな試行錯誤のすえ、けっきょくコンピュータからまたひとの手にもどってきた。
 多くの職業は、むかしにくらべればそれでも格段に合理化されている。そのなかでも教師という職、とくに小学校のそれはまだ労働時間が長いほうだが、アサギはこの仕事を気に入っていた。すくなくとも以前の職種よりはじぶんに合っている、とおもう。
 やはり退化を防ぐ目的で、すこしの距離なら徒歩での移動が推奨されている。舗装された清潔な歩道をしばらく歩く。次第に子どもたちのすがたもまばらになる。  右手のさきに、地上2階地下25階建ての自宅マンションが見えてくる。一見こじんまりとした真っ白な四角い建物のはずだが、アサギの目をとおして見ると、外壁には先日公開されたばかりのアプリの広告がでかでかと表示されている。レトロなモニターをかたどった3頭身のキャラクターが、にっこりと微笑みかけてくる。それがきょうはふしぎと妙に猥雑にかんじられ、広告右上の『×』ボタンのあたりを目がけ、空中をタップした。『広告が非表示にされました』という文字がかわりに、あらわれる。
 マンションの出入り口のまえに立った。そこだけ人間が通るのにちょうどよいサイズの、赤い長方形がある。これがドアだが、ノブはない。蝶番もない。
 右後頭部でキュル、という音が、かすかに骨をつたって聞こえた。直後、長方形の部分だけが、消えた。ドアそのものが消滅したのだ。
 この星では、生まれてから3年以内に、脳に『コフル』と呼ばれる微細な端末を埋め込むことが義務づけられている。端末とは簡単に言えば、かつてのパソコンや携帯端末のようなものだ。このようなサイボーグ化ともいえる類の手術は、地球のほうではこの数百年忌避されつづけており、法律で禁止されている地域もあるそうだ。ではどうしているのかといえば、時代劇のように端末をべつに持ち歩いているとのこと。最近は原点回帰で、腕輪型の端末が流行っているというのは、地球系の雑誌記事でも読んだことがある。この星で生まれ育ったアサギからすれば、端末を外部に持って歩くなんて、めんどうこのうえないとおもう。
 この星では、コフルを持たなければ、建造物のドアはひとつも開けることができない。コフルを介し生体認証してからでないと、ドアは消えることはない。
 マンション内に一歩入ると、背中でシュッと音が鳴り、ちょっと振りかえればまたそこにはドアが生じている。これは近現代に入ってから生まれた素材と技術の結晶である。
 だれがどこへ入り、どこに行ったかはすべてコフルを通じて記録される。その情報は当然のように政府中枢の機関に把握・管理されているが、それで不自由をかんじたことはない。
 コフルを脳に組みこむと、視神経経由で、視界に直接映像や情報をうつしだすこともできる。さっき空中をタップしていた子どもらは、それで動画でも観ていたのだろう。ちなみに端末の操作は、これまでいろいろと工夫されてきた。思考で直接動かすことも技術的には十分可能だが、やはり退化防止の観点から、また操作の安定性から、けっきょく人間が指を使っておこなうのがもっとも適切だということになり、現在はこのかたちで落ちついている。
 廊下をすこし歩き、また長方形のまえに立つ。キュル、とコフルが作動する音がして──これはアサギが過敏だから聞きとれるもので、多くのひとはいちいち音を感知しない──、やはりドアは霧消した。ちいさな個室に入ると、エレベーターは自動で地上2階へ昇ってゆく。
 この星では、空に意味がない。空気もまた、それほど意味を持たない。というのもドームの内側のこの都市では、ヒトの生活に適した具合になるよう空調が管理されている。だからこの都市で生きるかぎり、自然の空や自然の空気というものにはどこにいたって無縁だし、あくまで人工品のそれらに大した価値はない。
 そういう理由もあって、この星ではどちらかというと地下に住むことが奨励されている。地上の建物の多くは街の景観を保つためにつくられたもので、設備としては地下のほうが充実しているのがふつうだ。だからよほど特別な理由がないかぎり、地下のほうが家賃は高いケースが多い。地上に住むのは、金銭的にあまり余裕がないか、あるいは地球での暮らしに過度にあこがれを抱く変わり者か。アサギのばあい、おもに職場との距離と家賃でえらんだため、どちらかといえば前者に当てはまる。
 2階の通路を少し歩き、またドアをくぐる。いまのはじぶんの借りている部屋へつづく玄関ドアだ。なかに入り、たたきで靴を脱ぐ──この習慣は、現在の地球ではめずらしい文化なのだという──と、ここで奇妙な違和感をおぼえた。
 なぜなら、玄関からつながる廊下のさき、格子状にガラスのはられた装飾ドアのむこうから、光が漏れている。このさきはリビングだ。だれもいなければ電気はつかないはずなのに、一体どういうことだろう。システムが誤作動したのだろうか。──あるいは、だれかいるのか。
 おそるおそるドアにちかづく。その消滅と同時に中から、
「あ、おかえり、アサギ」
 ずいぶんと間の抜けた声がかけられた。
 その光景にアサギはほっと緊張を解く。息を吐く。安堵のためか、あきれて出たため息なのか、じぶんでもよく分からない。
 リビングのソファには、若い男がだらしなく座っていた。血のように赤い髪をもち、奥二重の目は金色。タンクトップからのぞく、ひきしまった体のあちこちには、装飾的な模様のタトゥーがきざまれている。
 そのまえにあるローテーブルには、3枚の宅配ピザの箱が無造作に開封されて置かれていた。中身は半分がすでに消えている。
 アサギは、だまって彼のまえをとおる。ソファとテーブルのあいだが狭いので、男はひょいと足を引く。
 奥の寝室へゆくなりアサギはシャツのえりをゆるめ、堅苦しいベストを脱いだ。「どうやって入った?」
 振りかえらずにそう訊いたアサギの声音は、じつに淡々としたものだった。
 じぶん以外のコフルで玄関のドアが開くよう設定したおぼえはない。となれば、ドアはロックされて開かないはずだ。ドアシステムを改ざんでもしないかぎりは──などと、ベッドに服を脱ぎ捨てながらかんがえていると、
「風呂場の窓」
 男がこともなげに返した。
 この星の多くの建物には、窓がないか、あってもただの飾りで、じっさいには開かない。なぜなら空調は建物内でも完全に調節されており、外と中の空気に区別がない──そもそも都市全体がドームの中である──ので、換気などの必要がないからだ。しかしこのマンションは、地上階のみ窓が1つずつついている。しかも、ごていねいに開閉可能。これは地球の、それも相当古い時代の生活にあこがれを持つ居住者むけの特別な設備らしい。なんだか懐古主義的だ。センチメンタルな郷愁なのだろうか。ふつうは、地球になんて行ったこともないだろうに──などとアサギはおもう。地球のことは現代のことであれ過去のことであれ、ほとんど映画や本のなかの描写でしか知らない。それはみんなおなじだろう。だが地球での伝統的な暮らしに憧憬する人間は意外と多い。この星の人間が地上での生活を完全に捨てられないのも、多くそのためだそうだ。いずれにせよアサギにとって窓は本来不要なものにかわりはない。
 それにしても、約30センチ四方のちいさな窓である。全開にしていたって、ひとが通れるとはおもえない。人並みに上背のあるこの赤髪の男が、いったいどうやって入ったものか。体をねじこんだのだろうか。まさか窓をこわしたりはしていないだろうか。賃貸なのに。そんなことをかんがえ、内心おどろき狼狽する。あそこからひとが入ってこようなどとはかんがえもしなかった。じぶんの防犯意識の欠如にあらためて気づかされ、ヒヤリと背筋が寒くなった。
 だがそのいっぽうで、アサギの表情は変わらない。ベッドに脱いであった家着のスウェットに着替えると、また男のまえを通過して、今度は台所にむかった。
 むかしから「なにをかんがえているかわからない」とはよく言われてきた。ひどいときは「冷淡だ」「つまらない」などと忌避されることさえある。たしかにそうなのかもしれない。アサギはリアクションを求められるのが、むかしからにがてだった。億劫だというわけではない。ただ事象に対して反応をしめす、という機能が、じぶんのなかに本質的に備わっていないようにおもう。鈍いだけなのかもわからないが。
「あの窓、10センチくらいしか開いてなかっただろ」
 知らない者が聞けばつっけんどんに聞こえるようなそっけないトーンで、アサギはうしろにいる男に言った。 入居当初から開いていたから、そのままにしていただけの話だった。
 食器棚からグラスを2つ取り出す。
「10センチも開いてたら余裕でしょ」
 軽い調子で返す男のほうもまた、アサギのようすを気にするそぶりはなく、平然としてくつろぎ、片手でコフルを操作している。
 侵入方法については、まだ謎はのこる。だが、こいつならやりかねないな、とおもうと、アサギはそれ以上かんがえるのをやめた。ただ、今度からちゃんと鍵を閉めておこう、とはおもった。
 シンクの蛇口のまえで、コフルを指の背で操作する。コフルと蛇口はいまリンクしている。視界の画面に出てきたボタンをタップする。それから蛇口のレバーをあげると、透明な炭酸水が出てきた。(かつては酒という飲みものがあったそうだが、人体に有毒であったので、いまではもう存在しないといって過言ではない。)グラスにそそぎ、男のほうへと戻る。男の斜むかいにあるスツールに腰をかける。
 グラス1つをまえに置いてやると、男はへらへらと屈託のない笑顔を見せ、「サンキュー」と古い地球語──いまでもときどき使われる、きざな言い方──で礼を言った。
 グラスにくちをつけつつ、しずかに問う。
「なにか用か」
「べつに。ただ単に、おさななじみと、ひさびさに飯でも食おうかなっておもっただけ」
 そう言って男──キアロは答えながらピザをほおばる。

 キアロと出会ったのは、もう20年ちかくまえになる。小学校の寮に入った日のことだった。
 この星では、自然妊娠および出産は5分の1にも満たない、のこりは人工的な方法で生み落とされる。もちろん出生数を維持するための措置であり、後者は政府機関が管理・統制をしている。そのばあい親がだれかは分からない。分かる必要もない。つまり、ここでは明確な親を持たない人間のほうが多数派ということになる。  俗に、自然な手段で生まれた子どもは『親持ち』、それ以外は『親なし』と呼ばれ区別される。親持ちは基本的に親もとで育てられるが、親なしは赤ん坊から5歳までは保育施設で育つ。
 保育施設では、細かい数は施設によってことなるが、だいたい4人の子どもに対し1人の『親』──親がわりとなる教諭──が担当としてつく。健全な愛着形成のため、子が5歳になるまでは相当な理由がないかぎり、この『親』が交代することはない。6歳になって、初めて『親』から離れ学校付属の寮に入る。というのが、この星での一般的な子育てシステムだ。
 ご多分に漏れず『親なし』として生まれたアサギは、6歳をむかえた春、初めて寮に足を踏み入れた。
 緊張し、ひどくおびえていた。『親』から離れるのはつらかった。それで縁が切れてしまうわけではないが、ただただかなしいかんじがした。あとからおもえば、そこにいる同学年のみながおなじ気もちだったのだとわかるが、そのときはまわりはみんな平気そうで、じぶんだけが無辺の常闇に取りのこされたような感覚だった。
 あらかじめ受けとっていたルーム番号と寮内の地図をたよりに、子どもの群れをかきわけ、じぶんの部屋へとむかった。その年は地上1階が、新1年生のものになるとのことだ。廊下にはドアがならび、ドアはきょうだけすべて開放されていた。
 ようやく部屋を見つけ、なかをのぞきこむ。右の壁と左の壁に、それぞれ机つきのシステムベッドがあるだけの、シンプルな2人部屋だった。正面の壁には窓がなく、そのかわりというにはどこかたどたどしいタッチで浜辺の絵──この星に海はないが──が描かれてあった。(あとで分かったことだが、ほかの部屋にはこのような絵はなく、つまらない白壁があるのみだった。)
 左がわのベッドには、すでに先客がいた。寮ではルームメイトというものが存在する、そんな話は耳にしていたので、きっと彼がそれなんだろうなとアサギはすぐに見当がついた。
 燃えるように真っ赤な髪を持つ少年だった。あおむけで寝ころがり、空中を見つめている。
 さいしょは、コフルを使いひとりで映像でも見ているのかとアサギは、おもった。コフルで見ているものは、設定を変更しなければ他人とは共有できない。そのひとがなにを見ているのかは、そのままの状態では分からない。
 声をかけるか迷ったが、なにをどう言うべきか、ことばが浮かばない。だまって部屋のなかに入り、ひとまず空いている右のベッドに腰をおろす。少年はまだ天井をじっと凝視したままだった。
 ぼんやりと、その横顔をながめた。きれいな稜線をえがいていた。以前『親』といっしょに観た地球アニメに、白い雪をかむったアルプスの山々──雪も山もこの星には存在しない──が出てきたのをおもい出す。『親』のぬくもりがよみがえり、そしてそれがいまはもう手のとどかないところにあることにあらためて気づいて、またかなしくなった。おもわず泣きたくなる。だがアサギはそういうとき、いつものどの奥がきゅっとくるしくなるだけで、ふしぎと涙は出てこないのだった。
 そんなふうに、こころのなかでは感情の大波ともみあいになりながら、アサギはそれを表情には出さずに、ただ彼の顔をながめていた。自然と視線は彼に釘づけになっていた。
 そのままの状態で彼がとつぜん「あのさ」と声を発したとき、アサギはとてもおどろいた。てっきりじぶんの存在に気づいていないとおもっていたのだ。
 少年はコフルの画面を閉じる操作するふうでもなく、からだはそのままに顔だけこちらへむける。ふたつの金眼がまっすぐにアサギを射、吸いこまれるように、アサギもそれを見つめかえした。どこまでも果てのない金色の草原を見ているようなここちがした。
 急に草原が、じわりとうごいた。アサギが「あっ」とおもうよりさきに、その目の端からは、ぽろぽろと涙があふれて、ベッドへと落ちていった。
 アサギは動揺し、いっぽうで赤髪の少年は、なにもおどろくことはないというふうだった。なにか苦いものをぐっとこらえるように──いや、いまのいままでずっと長いこと、それをこらえていたように──そのくちびるがゆがむ。けれどアサギをつらぬく視線は、ぴくりともゆるがない。ただ純粋に、アサギのなかをどこまでもどこまでも見通すように、アサギの眸を見据えて、言った。
「おれ、さびしいんだ」
 瞬間、アサギも理解した。かんがえてみれば、あたりまえだった。この寮にいるということは、彼も親なしだろう。じぶんとおなじように、愛情をそそいでくれた『親』と離れて、ここへ来たのだ。さびしいのは、じぶんだけじゃなかった。じぶんのなかであふれ出たさまざまな感情が、宙を舞っていた孤独の葉が、さっとなにかに掬われたようなここちがした。それは草原、あるいはあたたかい毛布、あるいは、おおきくやさしい手。とにかく巨大ななにかに、ふわりとくるまれたような感覚におちいったのだ。
 ふと気がつけば、アサギも泣いていた。ぼろぼろと熱いしずくが、せきを切って流れ落ち、『親』がきょうのために用意してくれたあたらしい紺のショートパンツに黒くしみをつくった。
 ふいに物音がして、開いたままのドアのほうを見やる。するとそこにも、泣いている子がいた。とめどなく涙をこぼすアサギのすがたを廊下からのぞき見、やはり同様に泣きたくなったらしい。そうして涙は、そのへんにいた1年生の生徒らにつぎつぎに伝染し、その日はそれからしばらくみんなで泣いた。先生たちは、ただただ困惑するばかりだった。
 それが、キアロとの出会いだ。
 それ以来、なんだかんだで腐れ縁がつづき、ともに成長しおとなになった。こうして職場がちがってなおも、たまに会う。
 キアロはおさないころから天真爛漫で活発な少年だった。アサギは対照的で、どんなときも冷静でものしずか。はたから見れば相対するもののようにうつっただろうし、じっさいそうなのだが、ゆえにバランスが取れていたらしい。むかしからけんかをすることもたびたびあって、しかし仲直りも早かった。
 おとなになったキアロは、同様におとなになったアサギの目のまえで、もぐもぐとピザを咀嚼している。嚥下すると、
「アサギもハニーピザ、好きだろ」
 ピザの箱を1つアサギのほうに寄せた。言われて気づいたが、アサギが好む甘い匂いがリビングにあふれている。
 アサギも無言でひと切れ手にとり、くちにした。届いてからいくぶん経つのか、チーズのうえのほうはすこしかわいていたが、箱の保温機能によって、まだほんのりとあたたかかった。

②へ続く▶